ドクターインタビュー

DOCTOR INTERVIEW

救命治療のみでなく、患者さんの社会復帰までサポート

救急科

土井 賢治部長

KENJI DOI

迅速な緊急性判断と患者さんに寄り添った初期対応をチーム医療で提供します

当院は救急告示医療機関であり、救急科を中心として各科の協力体制の下、24時間365日体制で傷病者の受け入れを行っています。

救急科および救急外来での最も重要な社会的責務は、救急車で搬送となった急な傷病者の方々に、適切な初期対応、具体的には、緊急度の判断、重症病態を含めた適切な診断と初期治療を行うことです。

市民の皆さんが救急車を要請される理由は多岐に渡ります。「胸が痛い」「お腹が痛い」「息苦しい」「ひどい頭痛がする」などの急な症状から、交通事故や転倒による全身の外傷、熱傷、中毒物質の摂取など様々です。

搬送時には症状のみで診断はついていません。一見すると緊急性が低く見えたり重症に見えないような症状でも、命を脅かしたり後遺症に繋がるような、緊急性の高い傷病が隠れていることが少なからずあります。それらを見定めることが、救急外来チームがまず行うべき初期対応になります。

緊急性の高い疾患が疑われる場合に、迅速かつ適切な検査を行い、根本的な治療に繋げていくことも我々の役割です。特に生命の危機が迫る方には、蘇生を行い、状態を安定化させ、診断・治療に繋げていくのですが、この中核となるのも我々の救急外来チームになります。

地域住民の救急搬送を迅速に応需する「断らない救急」を目指す

当院は、「救急車の搬送連絡を断らない」ことを基本的な方針としています。救命救急センターや特殊治療を迅速に対応できる病院に直行していただいた方が良いと判断される場合を除いて、救急傷病者の方を積極的に受け入れ、救急隊の観察情報を聞きつつ、当院で応需し初期診療をします。1つ目の理由は、電話を通した状態判断には限界があり、実際に搬送された傷病者を診なければわからないことが多いからです。2つ目の理由は、救急車をなるべく早く病院で応需することで、救急隊が新たな救急要請に応えることができ、まだ診ぬ緊急度の高い傷病者を速やかに病院へ搬送することができるようになるからです。

救急車を1台応需するということは、その1台がまた新たな患者さんを搬送できるようになるということです。そして、その1台が数分で向かえる範囲で心肺停止や重症案件が発生する可能性が、いつでもあり得るのです。

仮に、救急車要請をした傷病者がいたとします。しかし、いくつもの救急病院がその救急車からの受け入れ要請を断ってしまうと、救急車は傷病者を乗せたまま、どこにも行けない、動けない、いわゆる“たらい回し”の状態になってしまいます。残念ながらこのようなケースは、様々な地域で起こっています。

このような状況下で、同地域で緊急度の高い重症者が発生したとしたらどうでしょうか。傷病者搬送先がなかなか決まらず救急車が空かなければ、遠方からの救急車の到着を待たざるを得ません。10分以上かけて重症者の現場に救急車が来るということもあります。その10分の間にその重症者が命を失う可能性もあるわけです。

「救急車を断らない」こと、そして「できるだけ迅速に応需すること」は、まだ見ぬ地域住民の危機を救うことにも繋がります。つまり、「救急車を断らない」ことで地域に貢献できる余地は非常に大きいのです。しかしながら、この様な理念を持つ病院や医師が多くはないのが現状です。当院における「断らない救急」の実践が、結果としてそのような理念を持つ医師の増加にも寄与できるものと思っております。

急な傷病で不安の中にいる患者さん・家族に寄り添う救急医療を実践していきたい

軽症で緊急性が低いと判断された傷病者の方々に対しても、我々がお役に立てることは多くあります。

発症初日では診断が困難なことも多いのが医療の現実ですが、「なぜその症状が出るのか?」という症候学や病態生理学に精通しているのが救急の医師です。診断はつかずとも、「何が体に起きているのか?」という仮説を立て「どのような対策を取ればいいのか?」という助言をする事を得意としています。日々の診療の中で実践しているので、必然的にその見立ての経験の引き出しは多くなっています。

急な症状は、たとえ緊急度が高くない場合でも、当事者の患者さん・ご家族にとっては「症状の原因がわからない」、「今後どうしたらいいか、どの診療科にかかるべきかわからない」という、まるで暗闇の中を歩いているような不安でいっぱいの状態なのだと思います。我々は専門知識に基づいた日々の実践の経験を元に、その暗闇を少しでも照らせるような役割ができるよう、寄り添った医療を提供し、患者さんとそのご家族の視点に寄り添ったコンサルタントのような存在でありたいと考えています。この心構えも社会的責任の一つだと考えています。

患者さんに寄り添う救急医でありたい

私が医師を目指すようになったのは、高校生の時です。漠然と「ちっぽけな1人の自分が、誰かの役に立つ大人になるためにはどうすればいいか?」と考えていました。

また幼少期から近所の町医者に通院する機会が多かったことも、医師を身近に感じていた理由の一つです。3人兄弟の長男のため、よく小児科に付き添いましたが、症状問わず困ったら優しく対応してくれる先生でした。中学生以降は、近所のかかりつけ医の先生に家族でお世話になりました。自分が試験前に高熱を出したときも一緒に対応を考えてくれました。その頃から、身近な人が急病で困っているときには相談に乗ってくれる、いわゆる市中のジェネラリストが医師だというイメージが根付いていたのだと思います。

ジェネラリストの医師の中でも、なぜ救急医になったのか。選んだきっかけは2つあります。

1つ目は、初期研修先の川崎市立川崎病院で小児科部長をされていた先生の影響です。市中病院の小児科は、基本的には小児領域のジェネラリストであることが求められます。その先生は、専門性の高い疾患から一般の風邪に至るまで、あらゆる傷病を第一線で診ておられました。診療がスムーズかつ的確なのはもちろんのこと、患者さんやご家族に常に柔らかな表情で傾聴し、時に談笑しその場を和ませ不安を和らげようとする姿勢は、私にとって理想の医師像そのものでした。

疾患を問わず診療を行い、患者さんとご家族に向き合い、寄り添う。医師になってからずっと「患者さんとご家族にとって身近なジェネラリストになりたい」という思いを抱き続けているのは、この先生の背中があったからこそだと思っています。

2つ目は、同病院でのER(救急外来)の黎明期に関わった経験です。初期研修中に救命救急センターが立ち上がり、軽症から重症まで数多くの救急患者が様々な理由で搬送されました。科を問わず、あらゆる症状、社会背景を持つ患者さんを受け入れ、次々と迅速に診断と初期治療を行っていく様子、安定した状態に向けてチームで最短の時間で蘇生治療を行い救命に繋げていく様子、日々の実践経験を振り返りながらチーム全員で診療をより良くしていこうとする様子、いずれの在り処も患者さん中心で、患者さんに身近なジェネラリストそのものだと感じました。

また、救命処置のみならず、社会復帰までをサポートすることで、患者さんの人生を元の軌道に戻すお手伝いができる。適切な診断によって患者さんにとってより良い治療方針を決めていく、という救急医の仕事に魅力を感じました。救急医療でも患者さんに寄り添う診療が出来るということを実感し、救急医療の道に進むことを決意しました。

こうして振り返ってみると、自分の根本にあるのは、患者さんの生活に寄り添うジェネラリストとしての医師でありたいという思いであり、ずっと変わらない思いだということを改めて分かりました。

退院後の生活を想像した総合診療の視点での救急対応が必要な時代に

救急科では、救急患者さんの初期対応を行うのですが、傷病も含めて本人も家族も生活が困難になってしまったケースに関して、医療を切り口に患者家族ともに安心して生活するための助言や、場合によってはサービス導入期間の社会的入院を考慮します。また医療事務担当と連携を取り、介護保険を導入するお手伝いをするなど、患者さんが以前の生活に戻れるような支援も行っています。

病院の入り口として私たちが総合診療的な立ち位置の診療を行うことは、これからの日本の疾病構造を踏まえた救急医療に必要な一つの形だと考えていますし、これを行うことが救急部門としての地域に対する社会的責務を果たすことの一つになるのではないかと考えています。

医療者視点になりますが、救急で培った医学的知識と経験を基に、急な出来事で困られている患者さんとそのご家族に合った人生の過ごし方を寄り添い考えていくことは、我々としてもとてもやりがいのあることです。

この魅力を、救急医療に関わる若い医師にも伝え、地域医療を支える存在であり続けたいと思っています。

土井 賢治

救急科部長

経歴
  • 東京都出身
  • 2007年 慶應義塾大学 医学部卒業
  • 2007年 川崎市立川崎病院 初期研修
  • 2009年 川崎市立川崎病院 小児科
  • 2010年 川崎市立川崎病院 総合診療科
  • 2012年 川崎市立川崎病院 救急科
  • 2017年 横浜市立みなと赤十字病院 救急科 集中治療部 副医長
  • 2020年 麻生総合病院 救急総合診断科 医員
  • 2023年 日本鋼管病院 救急科 部長
資格
  • 日本内科学会総合内科専門医
  • 日本内科学会指導医
  • 日本救急医学会救急専門医
  • 日本集中治療医学会集中治療専門医
  • ICLSディレクター
  • JMECCインストラクター